私達高中、高高の同窓生で構成する「東京玉翠会・美術愛好会」は、平成11年9月3日、4日に「名作と出会う信州の旅」を企画し、3台の自家用車に分乗して小旅行を実施した。
会員の参加者は8人。

本当の「美」とは何か
最初に訪問したのは、「梅野記念絵画館・ふれあい館」(北御牧原村立、長野県北佐久郡北御牧原村大字八重原935-1 交通・JR信越本線軽井沢駅で乗換え、しなの鉄道田中駅からバスで10分)。
ここで、明治の天才画家青木繁や菅野圭介、伊藤久三郎の絵に出会う。

梅野隆館長から「忘却された画家の絵に美を発見する喜び」を丁寧に教わった。
そして、現在の高名作家や高額絵画を展示し、評価し過ぎる傾向があるのが美術館の主流になっているが、必ずしもそこに「美」を発見しえないことが多いのではないかと指摘を受けた。

高い絵や、絵が売れて有名になった画家の絵を評価しがちな者にとっては、耳がいたいお話であった。
埋もれている画家の作品に「美」を発見していきたい。

また、北御牧原村には、作家の水上勉が現在住んで居り、竹を原料とする紙、「竹紙」作りの工房を主宰している。
私達もここで孟宗竹の紙を梳き、竹紙を作って土産にした。

 
この後、私達は、上田市の別所温泉の「真田幸村の隠し湯」の向かい側にある上松屋旅館で一泊し、旅の垢を落として、翌日、大法寺の見学を経て、青木村郷土美術館で丸山晩霞、小山啓三、伊東深水を鑑賞した。

そして、前山寺の"くるみおはぎ"を賞味したあと、村山槐多(22歳で夭折した天才画家)の素描などが展示されている「信濃デッサン館」を訪ねた。

戦没画学生の平和を願う叫び
続いて、姉妹館である「無言館」(長野県上田市古安曽字山王山3462 JR信越線上田駅下車、タクシーで20分)で思わぬ感銘と激しい衝撃の絵画に出会った。

「絵はまだ未完成です。帰還したらこの絵を完成させます。」
せめてあと十分、いや五分、この絵を描き続けたい。と言い残してルソン島バギオで戦死した日高安典さんの遺言に等しい悲しすぎるメモと遺品の絵。

無言館(入場料無料。感銘を受けた人は、200円以上700円までの浄財を支払って下さいと断り書きあり)に入館した途端、戦争中に私が目撃した数々の悲劇の光景が脳裏に蘇り、慟哭寸前の私がいる。
誰かが声を掛けると泣き声で返事しそうなため、美術愛好会の友人たちの群れから、そっと離れて気持ちを落ち着かせた。
ハンカチを持たずにいたため、ちり紙でそっと目頭を拭う。手で握り締めると滴が床に落ちる。
これが、「無言館」に入館した直後の見事で強烈な印象である。

絵の見事さに感動するよりも、絵が描かれた残酷な時代の表現の自由は勿論、一切の自由が奪い取られていた中で、死地に向かう画学生や、死に直面しながら戦場の画学生たちが、必死で平和な絵を描き続ける姿を想像し、ここ数年忘れていた感動の心が私の体内にあふれていることを確認した。

周りの静かな中にすすり泣きが聞こえてしまう、非常に珍しい「心」を教育してくれるし、さび付いた私の心を叱る絵画館である。
同郷の高松市出身の川崎雅さん(高松工芸卒、東京美術学校・ルソン島アゴス河谷で戦死)の遺作も展示されている。

ここには、東京美術学校・帝国美術学校(現武蔵野美大)・東大美術史学科・都島工高などを繰り上げ卒業し、戦死したり、戦地で病死したり、死亡が確認できない画学生達が描いた貴重な五十数年前の遺品が静かに並んでいる。

戦争協力の絵画はなく、平和な絵に無念さが込められている。
静かな無言館の中には、若い人も多く、絵を見つめる真剣さに新たな感動も沸いてくる。勿論、数少ない戦争体験者も、じいっと鑑賞している。
普通の絵画館では得られない静寂な中に、生きていることの大切さを訴える強烈な無言である。

無言館館長の窪島誠一郎氏(大正・昭和の夭折画家の素描を展示する「信濃デッサン館」を主宰)が、戦争を生き延びた画学生・野見山暁治画伯の「戦火に消えた画友」への想いを具体的に実現するため、戦没画学生の遺品を、遺骨替わりに大事に守ってきた遺族を真剣に説得し、戦後五十年も掛けて収集してこの「無言館」を創設し、遺作を展示して世に出した。

肉親や友人、知人を、あの戦争で失った経験をお持ちの東京玉翠会の皆さんに一度は訪ねてもらい、しっかりと泣いて心を洗い流してほしいし、若い人達には平和の真の尊さと肉親との絆の大切さを考えて欲しいと願い、訪問されることをお勧めしたい。
そして、梅野記念絵画館を訪ねてもらい、本当の「美」とは何なのかをしっかり考えてほしいと願っている。

名作を訪ねる信州の旅は、無言館と別れた後、長野市の善光寺隣にあるロートレク画廊へと足を延ばし、喜多村治の作品に会った。

旅の最後は、長野県信州美術館・東山魁夷館を訪ねた。

この時突然の豪雨と天を二つに割く大落雷に出会い、「善光寺に来とりながらお参りせんけん罰が当たったんじゃのー」(具体的被害は、駐車中に雨に吹き込まれたり、高速道路の進路を間違えた者がいたりした)と反省して帰京した。

しかし、非常に充実した美術愛好会の車による小旅行であった。

高中先輩の中村文俊さんのご指導と適切なアドバイス、カメラマンに徹して頂いた高高29年卒の長谷川汎さん、安全運転に気を配ってくれた高高34年卒の村上雅子さんを初め、今回の行事に惜しまぬご協力を提供して下さった参加者の皆さんに心から感謝とお礼を申し上げ、報告とする次第である。

参加者氏名(卒業年次順・五十音順・敬称略)
中村文俊(高中50回、20年卒)、久保醇治・永野精子・宮本博光(以上高高27年卒)、
長谷川汎(同29年卒)、鴨田昭代・村上雅子・和田裕代(以上同34年卒)
特別参加者として、日展入選の皮革工芸作家の五島慶子さんが参加された。

美術愛好会 久保醇治(高高27年卒)