鈴木八朗
高高30卒。
高松市一番丁で育ち、二番丁小学校、紫雲中学、高松高校を卒業。
東京芸大でデザインを学び、電通に入社。
電通では、クリエイティブ・ディレクターとして、旧国鉄の「ディスカバージャパン」など、数々の印象に残る広告を手がけた。
1997年2月退職。
1998年長野オリンピックの開会式のポスター「ディスカバー・雪舟」を制作。
1997年6月にはノルウェーで展覧会を開催。
現在は、母校の東京芸大で、週1回の特別講師をしているほか、アトリエを青山に構え、制作活動に励んでいる。
不思議な縁で、5月末に高松に帰った早朝、「玉藻城後・良櫓(うしとらやぐら)」をスケッチし、油絵にした一枚。
染色体を幅1ミリに拡大したら、長さは四国から首都圏に達する。4色のビーズが組み変わるだけで人の個性が伝わる。
私の父の名は遠浄(えんじょう)、母は玉依(たまい)。香川県高松市のライオン通りの興正寺別院。このあたりをかつて御坊さんとの通りと言わせた名刹。
子供は父の帯目に立って、背中の共鳴盤に張りついて、ナーモアダンブンを聴いた。チーンの韻を含んで朝餉(あさげ)、子供は闇の好きな子に育った。
島全体を曼陀羅と、八十八カ所が散在する。仏の慈悲の十分の一にと、我が名がある。過ぎたもの。
(15回総会プログラムより)