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山田規畝子(やまだ きくこ) 高高57年卒 プロフィール(「山田規畝子オフィシャルページ」より) 1964年(昭和39)年1月5日 香川県高松市生まれ。 高松高等学校を卒業後、東京女子医科大学に入学。 6年生の時、最初の脳出血を起こし、持病のモヤモヤ病が発覚するが、後遺症もなく1988(昭和63)年、無事に卒業し、整形外科として同大付属病院に勤務。 26歳で郷里高松に戻り香川医科大学(現・香川大学医学部)に勤務。 実家の山田整形外科病院の院長となって間もない33歳のとき、脳出血により脳梗塞を併発、高次脳機能障害を発症する。 リハビリ医を目指し、愛媛県伊予病院に勤務するが、37歳で三度目の脳出血。半側空間無視など新たな後遺症が加わるが、姉が運営する老人保健施設の施設長として社会復帰を果たす。 2004(平成16)年2月、発病当初からの自分の症状や独自で考え出したリハビリ法などを書き綴った著書「壊れた脳 生存する知」が講談社より発行されると同時に、医学界内外より大きな反響を呼び、複数の出版社主催の賞にノミネートされるなど、高い評価を得る。 2005(平成17)年より医師を休業し高松へ帰郷。テレビ・雑誌の取材、講演や執筆活動をこなしている。 現在は、高次機能脳障害の社会認知を広げることを第二の人生のライフワークとしている。 著書 『壊れた脳 生存する知』講談社(2004年) 3度の脳出血を経験した後に脳が見る世界を赤裸々に綴り、医者として分析。 『それでも脳は学習する』講談社(2007年) 『壊れた脳 生存する知』のその後。 「高次脳機能障害」と共に暮らす日々の中で、脳は成長し続ける。 『高次脳機能障害者の世界』協同医書出版社(2009年) 全国のセラピストから寄せられた質問に応える形で,リハビリや暮らし方の工夫に絞って執筆したエッセイ。 卒業生を応援するページのトップへ |